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2009.07.26 (Sun)

CWEの歴史 その3

転換期 ― そして、挑戦

「コンフォート・ウインドアンサンブル」として初めての演奏会を1997年2月に八幡市民会館で「第1回定期演奏会」として行ないました

しかし、まだ名前も知られてなく、集客方法もままならなかったため、観客数は約200名でした

この演奏会では、当時としては珍しくレンタル譜を使用して演奏をしていましたただ、これに関してはメンバーと吉原さんとの間で衝突があったようですお金を使って楽譜を借りてまでして演奏する必要があるのか改名と同時期に団長という立場に立つことになっていた藤河さんは、この両者の間で板ばさみになりながらの毎日であったらしいです

しかし、この頃がCWEの転換期でもあったのです

ただ何となくみんなで話し合いながらバンド運営していくのではなく、一つのレールを決めようその方針をもとに、みんなで役割分担して動いていこう

こうして、CWEはバンド運営にも改善を加えながら活動を進めることになりました

1999年6月には初めて賛助出演なしのオリジナルメンバーだけで演奏会を行ないました

その後も常に新しいことに挑戦をしながら、毎年定期的に演奏会は行われていきました

2000年5月には中間市の4つの中学校と合同演奏をする演奏会を行ったり、「冬の曲をしたいね…」ということでその7ヵ月後には単独のクリスマスコンサートを開いたり、2001年に行われた北九州博覧祭で演奏をしたり…

また、2002年に出会った天野正道さんの作品はCWEの音楽の方向性を示す鍵として大きな影響を与え、クラリネット四重奏はアンサンブルコンテストで初の全国大会進出を果たしました

さらに、2004年にはコンクールの課題曲のうち当日の観客の抽選によって演奏曲を決めるという内容をプログラムに組み込んだり、北九州で活躍する劇団C4と出会い、演奏を朗読つきで行ったり、2005年には北九州芸術劇場にデビューしたり、2006年には和太鼓との競演を果たしたり…

ひらめいたらそれを実行してしまう…それがCWE!

確かに新しい挑戦にはいろんな困難がついてきますが、大変だけど、良い音楽ができるならお客さんが喜んでくれる演奏会ができるなら毎年同じことをくり返してもつまらない何か新しいことをひらめいて、それを実現させるために向かっていくパワーがCWEの音楽の源

吉原さんは言う…

「メンバーがついてきてくれるから」

と…


最後に…

「たとえメンバーが仕事や結婚でCWEをやめても、いつかそのメンバーが戻ってこれるバンドを作ろう」

だから基礎練習のやり方も変えない

練習拠点も遠賀から移さない

たとえ、年を重ねてもここに戻ってきてほしい

子どもが生まれたら、その子どもたちにもメンバーになってほしい

だからこそ、ずっと続けていけるバンドでいたい

そのために、常に向上心を持って活動を続けていきたい

今の目標は…

「全国大会に行くこと 全国的に認められるバンドになっていきたい」

もっと上手になれるはず

天井なんてない

熱い想いを持った吉原さんと、そんな彼を支えていく藤河さん…

「お前がやめたら俺もやめる」

そんな2人がこのCWEを支え、これからも引っ張っていってくれるんです

CWEに限界はない!


(完)

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テーマ : 吹奏楽 ジャンル : 音楽

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